成人発達理論の視点から、若手中堅人材の成長を考える

本稿は、広報誌xchange136号「探求」コーナーに掲載したケーススタディの全文です。広報誌本誌では紙面の制約上、主なポイントに絞って掲載しましたが、ここでは、登場人物の背景や思いととともに、加藤洋平氏による解説の全体を、前編・後編に分けて掲載します。架空のストーリーをもとに、成人発達理論の視点から若手中堅人材の成長をいかに考えることができるのか、主人公の変化を通して、人としての成長を振り返るヒントとしてご活用ください。

はじめに

皆さまの企業では30歳前後の社員(以下若手中堅人材)の成長のために、どのような見取り図を持っていますか?近年、日本の企業社会でも徐々に認知されはじめている成人発達理論からみると、人の内面にある意識の器(知性)の発達によって、人は多様な価値観を取り入れ、それらを組み合わせる創造性の器を深く広くすることができます。近年の成人発達理論の研究によると、意識の器の発達には長大な時間がかかることが明らかになっています。そのため、若いうちから少しずつ働きかけをすることが重要です。

ここでは、架空のストーリーをもとに、知性発達科学者 加藤洋平さんから成人の成長・発達のメカニズムを解説いただきます。

この主人公は、成人発達理論に照らし合わせるとどのような特徴があるのでしょうか? どのようなきっかけを経て、成長を遂げるのでしょうか?


登場人物

主人公 若手中堅社員 黒石:製造業の技術開発部門に所属する32歳。入社9年目となり、担当分野については後輩に指導ができるほどの力がついてきた。効率的に時間を使って確実な成果を出すことを意識して仕事を進めている。入社したときには新たな商品を世の中に出すことに関わりたいという理想を持っていたが、会社ではなかなかそのような機会には恵まれそうにない。このままでは良くないという気持ちが徐々に生まれてきている。

黒石の上司 平本:47歳。20代~30代の頃は仕事漬けの日々。時間を問わずに仕事に没頭して困難に挑戦したタフな経験があるからこそ成長できたという自信を持っている。現在はプレイングマネジャーとして、部下が対応しきれない仕事を一手に引き受けなければならないために疲弊気味である。

黒石の学生時代の友人 本木:学生時代、黒石とは同じゼミで過ごしてきた友人。事業の拡大期にあるベンチャー企業に就職してエンジニアの仕事をしている。スピード感のある現場で遅れを取ることなく仕事を進めなければならない環境にいる。

前編
1.仕事や職場における日頃の思い

(ある若手中堅社員、黒石の思い)

私、黒石宏は製造業の技術開発部門に所属する32歳。入社して9年目、仕事上の実力もだいぶついてきた。現在は2つのプロジェクトに所属している。1つは製品開発、もう1つは品質改善プロジェクトである。一つのプロジェクトリーダーが自分の業務上のマネジャーでもある。入社以来経験してきたプロジェクトは、全く新しい開発テーマよりも、既存のものを改良するテーマが多かった。いまは製品開発のプロジェクトに入っているが、経験のない自分ができることは少ない。新人の頃は日々成長している実感があったが、最近その実感がなくなってきた。

(1)上司の平本は自分に仕事を任せてくれているが、自分をどのように評価しているのかがいつも気になる。(2)平本は深夜の仕事も厭わないタイプなので、メンバーにも同じような働き方を期待しているかもしれない。しかし自分はそこまで無理したくない。平本は、かつて夜遅くまで働いてやりきった、という昔話をよくする。ただ、その話を誇らしげに語る平本には共感できない。投入する時間やリソースに対して見合う成果を考えない仕事は時間の無駄だ。

自分は仕事ばかりに時間を使うよりもプライベートを充実させたいし、技術情報を学ぶ時間も欲しい。(3)新しい情報を取り入れるために社外の勉強会にはよく出席している。新しい技術を活かすことを考えるとワクワクする。ただ、(4)社内の風土は旧態依然としていて一向に革新的にならない。リスクばかり目を向けて、新しい技術導入に慎重なことに少し不満を感じる。このままだと世の中の変化に取り残されてしまうし、自分もこの流れに乗ったままでいいか不安がある。でも、いまの自分にできることはないと思うと、ついそのまま日々の仕事に追われている。ゆくゆくは部署を管理するマネジャーのポジションを得たら色々実現できることが増えると思う。

(上司の平本からみた黒石)

黒石は、堅実で能力も高いのだが、仕事に対して受け身に感じるところがある。社外の勉強会などへの参加には熱心なのだが、会社や仕事に対してはどこか他人事で冷めているようにみえる。もっと主体的に情熱を持って行動できればもっと成長できるのに、力を出し切っていないように感じる。

とはいえ、自分が若いころと比べて気の毒なのは、少し無理をしたり難しいテーマにチャレンジしたりする機会が減ってしまっていることだ。黒石には、一つは製品開発のプロジェクトに入ってもらってはいるが、ストレッチの機会をつくることはできていない。彼に任せていては時間が相当かかるだろうし、それをカバーする時間の余裕はない。黒石の残業が増えても困るし、彼自身そこまで自分に負荷をかけたいようには見えないので、工数が読める確実な仕事を任せるようになってしまっているかもしれない。

本当は、自分がプロジェクトに直接入る時間を減らして、中長期の開発計画を考えることに集中したいのだが、それが叶わない悩みがずっと続いている。

(解説)この主人公 黒石の現状を、成人発達のステージに照らしあわて考えると、どのような特徴があるのでしょうか?

黒石の現状を成人発達のステージに照らし合わせて考えると、<図1>に示す「他者依存」ステージの特徴が強く出ています。(1)からは、自分の欲求だけではなく、相手の立場に立つ二人称の視点で物事をとらえていることがわかります。

<図1>成人発達理論のステージ

成人発達理論のステージと特徴

一方でこのステージの限界は、他者の価値観を盲目的に受け入れることです。周囲との協調的なふるまいができても、そこに自分の意思を出すことができません。

ただし、黒石には次の発達段階への移行の兆しが見られます。現状に対する不安や不満、葛藤は次の段階に移行しようとする内発的なエネルギーのあらわれです。たとえば(2)では、上司の価値観を意識しながらも、それを乗り越えて自分の働き方を確立しようとする葛藤がみえます。他者依存段階から次の自己主導段階に向かう過程においては、現在所属しているコミュニティーとは異なるコミュニティーに参加することによって視野を拡大しようとする特徴や、そこから自分なりの視点を獲得しようとする特徴がみられます。また、視野の拡大に合わせて、自分なりの問題意識が育まれていきます。そうした特徴が、(3)の社外に目を向けて一生懸命自分を磨こうとする活動や、(4)の現状の組織風土に対する自分なりの問題意識にあらわれています。今の黒石には何かのきっかけをもとに成長発達する可能性がありそうです。

成人発達のステージでは、およそ7割の人が「他者依存」のステージにいるといわれています。「他者依存」のステージにある人材は、主体的な意思決定基準を持つことなく、他者の意思決定に依存するために、受け身で指示待ちになる傾向があります。平本からみる黒石は、現在は「他者依存」の特徴を強く出しています。ただし、いま平本にみえていないところで、黒石には次の段階に移行する兆しがあるようです。これから黒石は、どのような成長を遂げるのでしょうか?(後編に続く)

後編

前編では、製造業の技術開発職として働く黒石の気持ちの動きを取り上げてきました。入社9年目の黒石は、堅実で効率的な仕事ぶりで力を発揮しています。一方で成長している実感がなくなってきたようにも感じ、社外の活動に参加し視野を拡大しようとしています。旧態依然とした会社の風土に問題意識を抱きはじめ、自分がこのままで良いのか不安を感じることもある日々を送っています。

2.成長のきっかけとなる気づき

そんなある日、黒石は学生時代から親しい本木と久しぶりに会った。大学卒業後に、急成長していたベンチャー企業に入社した本木は、これまでにいくつも新規事業の立ち上げに関わっているそうで、少し前とは変わって生き生きとしていた。学生時代は二人にはそれほど違いがなかったのに、今ではまるで見ている世界が違うようだ。入社する前には世の中の役に立つ製品を出したいと思っていたけれど、毎日の仕事の中ではそれを思い出すことは少ない。自分はただ忙しく日常を過ごしているだけで、なんだかとてもちっぽけな存在のように思えて寂しい気持ちになった。

その気持ちをふと本木に打ち明けると、本木は親身に話を聴いてくれた。
そして、彼自身も少し前には同じような気持ちだったことがあったが、あるときから自分が少し変わってきた次のようなエピソードを話してくれた。

(本木の発言)

少し前、本木はある顧客管理のシステム構築を担当していた。組織から求められる役割を果たそうと一生懸命だった。しかしプロジェクトでは関係部署の人から要望されることは立場によってさまざま。プロジェクトリーダーの言うことさえ変わることがあるし、他の人の要望に振り回されてばかりで、仕事の面白さなんて全くなかった。(5)仕事には期待しないでおこうと、割り切った気持ちになりはじめていた。

そのような様子を見ていたリーダーは本木にこんな風に声をかけてくれた。「他の人がこう言っているからを基準にして考えていない? 他の人がいつも正しいわけではないし、本木さん自身がどう考えるのか、思ったことをもっと発信してみたらどうかな。そして、日々の仕事の中で感じたことや気づいたことは毎日ふり返りをするといいよ。僕もそれを習慣にしている」

本木は、そのリーダーの言葉が妙に心に残った。その後意識してみると、確かに他の人の反応を気にしてそれを基準にしていることに気づいた。本木は以下のように続けた。

「ただし今は、少しずつ、(6)自分なりに考え直したり、他の人と意見交換したりするようにしているんだ。そうしたら周りに流される感覚が減ってきて、自分なりにこうしたいと思うことも出てきた。だから少し変わってきたのかな。黒石は今の仕事で、本当はこうしたいのに、と思うことはない?もっと力を発揮できることがあるんじゃないか?」

(解説)本木のエピソードは、成人発達理論に照らし合わせるとどのような特徴があるでしょうか?

本木のエピソードには、自己主導段階に向かう際に生じる葛藤を乗り越えたことが現れています。(5)では、組織に同化してしまい、仕事に対する自分なりの意味や意義を見出せなくなっていました。それが、(6)では、周囲とのやり取りを通じて物事を客観的にとらえ、自分と向き合おうとしている姿勢が伺えます。成人発達の重要なポイントは、対象を「主体」から「客体」に移す意識の変化にあります。それを通じて物事をとらえる幅と深さが変わってきます。そして、自分の考えを言語化することよって価値体系を徐々に築き、自分自身の意思決定基準が確立されることに伴って主体的に行動することができるようになっていきます。(6)は、本木が黒石にかけている言葉であるのと同時に、本木自身が次の段階に到達するために、自分が目指す目標を自らにも言い聞かせようとする現象だと見ることができます。葛藤を乗り越え、次の段階に真に到達する際に、こうした「自己確認」と呼べるような現象が見られることが研究上明らかになっています。

3.主体的な挑戦の芽生え

本木と別れた帰り道に黒石は、本木が言っていたことを考えた。「黒石は今の仕事で、本当はこうしたいのに、と思うことはない?もっと力を発揮できることがあるんじゃないかな?」

そういえば、いま気になっているある技術の活用をもっと社内でできればいいのにと思っていたことを思い出した。(7)××の新技術を、社内と結びつける活動を始めたい・・ しばらくは難しいと思っていたことだ。でも、これをそのままにしておいても、自分の知識が増えるだけで何も変わらない。社内で少しずつアイデアを話し合うようなことができないだろうか?

ただ、そこまで考えてから、黒石の気持ちは少し曇った。そんなことを社内で口にしたら、皆こう言うに決まっている。「そんなことやる意味があるの?」とか、「それがビジネスになるの?」とか。

(8)皆に否定されたくないし、今の仕事もできていないのに余計なことばかり考えている奴だと思われてしまうんじゃないかなぁ・・ プレゼンも得意ではないから皆にうまく伝えられないかもしれないし、うまくいかなかったら時間が無駄になったなと思ってしまうかもしれない。(9)でもやらなかったら何も変わらないし、行動してみることで何かが変わるような気がする。やり方は昼休みを使って少しずつでもいい。皆に提案する前に、グループの先輩にアイデアを話してみよう・・

(解説)黒石の気持ちには、どのような変化が起こったのでしょうか?

黒石は、本木の言葉をきっかけに、内面に秘めていた意志を行動に変えようとしています。黒石にとって安心して自分の気持ちを話すことができる存在が、自分と向き合うことや挑戦することを促す触媒になっています。自分にとって未知なものと向き合うためには、心理的な安全性が確保されていることが必要です。人の成長発達には、周囲からの働きかけ(他力)と自らの気づきと実践(自力)の相互作用が欠かせません。

この場面では(7)のような自分の意思が芽生える一方で、(8)のように、できない理由を見出して退行しようとする力も働いています。そのような葛藤がありながら黒石が自ら行動を起こすことができたのは、変化を拒むものの正体に気づき、不安な気持ちを対象化できているからです。とりわけ自己主導段階に到達するためには、自分の発言や行動が他者に批判された時に生じる感情を客観的に捉えることや、自分が真に実現したいことは何なのかを示す自己の内なる声をみつけることが重要になります。そうした変化を起こすためには、(9)のような小さな行動からスタートすることが大切です。人には変化を拒む恒常性(ホメオスタシス)の機能が備わっており、急激な変化はその後の停滞や退行につながります。また、大きな変化を実現させるためには小さな変化を積み重ねていくことが重要であることが実証研究から明らかになっています。それらの点を踏まえると、黒石は大きな変化に向けた一歩を着実に歩んでいると言えます。

4.まとめ

ここでは架空のストーリーを通して、若手中堅社員の成長発達について確認してきました。他者依存のステージに停滞する社員が増えることは、組織の成長やイノベーションを阻害させることにつながってしまいます。なぜなら、他者依存のステージに停滞する社員が増えてしまう状況は、既存の見方や考え方に留まろうとする力を組織内に生み出してしまうからです。

他者依存のステージから自己主導段階への移行は簡単に実現できるものではありません。他者依存ステージにあるときには、「他の人が賛成してくれるだろうか」「成果が出ないで評価されないことはしないほうがいいのではないだろうか」など、他者の目や評価を気にする気持ちが、行動を無意識のうちに抑制してしまいます。その領域から一歩踏み出す思考・行動を変えることは簡単ではありません。現状維持しようとするのは人間の特性であり、自分の限界を乗り越えるためには急激な変化を求めずに小さな行動を積み重ねることが欠かせません。

私たちは誰しも、成長を実現させていく内在的な力を持っています。若いうちから時間をかけて意識の器の発達を促進することは、組織が変化し成長し続ける未来の可能性を拓くことに強く結びついています。


 

監修

加藤洋平
加藤 洋平

知性発達科学者

前職の経営コンサルタントとしての経験と発達科学の最新の方法論によって、経営者、次世代リーダーの人財育成を支援する人財開発コンサルタント。現在、オランダのフローニンゲン大学に在籍し、複雑性科学と発達科学の枠組みを活用した成人発達と成人学習の研究に従事。著書に「成人発達理論による能力の成長(日本能率協会マネジメントセンター)」など。

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執筆者紹介

高城 明子

ラーニング事業本部 人材・組織力強化ソリューション部

高城 明子

Akiko Takagi

富士ゼロックスに入社後、法人営業、商品マーケティング、人材開発に従事。2007年から富士ゼロックス総合教育研究所(現パーソル総合研究所)にて、リーダーシップ開発および組織開発分野で、個と組織の自律的な成長・変革を促進するためのプログラム企画と実行支援を行っている。知性発達科学および成人発達理論の活用、チームの関係性開発、エスノグラフィーの活用に強みがある。CRRグローバル認定 組織と関係性のためのシステムコーチ(Organization & Relationship Systems Certified Coach)

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