知性発達科学者 加藤洋平先生と探求する
「ミドル世代にとっての学びと成長のこれから」

背景/調査概要

テクノロジーの進展をはじめとするさまざまな変化は、私たちの働き方や学び方にも大きな影響を与えています。変化のスピードがますます高まるこれから、働き方や学び方を自ら変えること、一生を通じて学び成長することが当たり前になっていくでしょう。
しかし「変化に対応して学び成長する」ことは、言葉でいうほど簡単なことではありません。とくに仕事や学びに一定の経験を積んだミドル世代(ここでは35~54歳)は一般的には、「見方や考え方が固定化しつつある」「仕事・生活ともに多くの役割・責任を担い、時間的にも心理的にも余裕がない」状況にも陥りやすい年代です。
今回の調査は主に以下の点を明らかにし、ミドル世代の成長発達にいま何が必要なのかを探求することを狙いに実施しました。

  • ミドル世代は、働き方にかかわる変化をどのようにとらえ、どのような行動を起こしているか
  • 「経験」から学ぶ「内省」をどのように行っているか、内省は変化への対応力を高めるために役立つ可能性があるか
調査対象 上場企業および関連会社に勤務する35-54歳の社員
調査方法 インターネット調査
(調査委託先:株式会社マクロミル)
回答期間 2018年09月14日(金)~17日(月)
有効回答数 416人
回答内訳 35-39歳:104人
40-44歳:104人
45-49歳:104人
50-54歳:104人
設問 ・仕事・働き方の変化認識(過去3年間の変化、これから3年間に起こりうる変化、変化に対応するための取り組み)
・社外・業務外の学び実践(成長につながっている社外活動/業務外活動の種類、成長につながると感じる要素)
・ふり返り(「書く」ことを通したふり返りの頻度、「社内の対話」を通したふり返りの頻度)
・ふり返りの状況と、変化への対応力および活力の関連

調査からの要点

1.仕事や働き方に対する変化の認識

  • この先3年間に起こり得ることとして「新たな能力獲得」「見方や考え方を変える」必要性を感じる人が約半数
  • 「新たな能力を獲得する」「見方や考え方をとらえなおす機会を持つ」を意識して実践している人が約半数を占める

2.社外・業務外の学び実践

  • 社外・業務外の学びに取り組んでいる人は約6割。「資格や学位取得」、「特定領域の知見の獲得」を目的とする専門性の高い人から教わる学びが多い
  • その活動から得られる成長を感じる要素は「色々な価値観や背景を持つ人との交流」が最も多い

3.ふり返りの状況と、変化への対応力および活力の関連

  • 「書く」ふり返りを週1回以上行い、習慣化している人は4人に1人。「あいまいな状況で最善を尽くす行動」などとの関連がある
  • 「社内の人との対話」を通したふり返りを月1回以上行っている人は約4割。「環境が変化しても働き続ける自信」などとの関連がある

知性発達科学者 加藤洋平先生と探求する「ミドル世代の学びと成長のヒント」

今回の調査結果にあらわれていた傾向はミドル世代の学びと成長にとってどのような示唆があるのでしょうか? ミドル世代に向けたメッセージを、知性発達科学者 加藤洋平さんにお聴きしました。

加藤 洋平
知性発達科学者 加藤 洋平


前職の経営コンサルタントとしての経験と発達科学の最新の方法論によって企業経営者、次世代リーダーの人財育成を支援する人財開発コンサルタント。現在、オランダのフローニンゲン大学に在籍し、複雑性科学と発達科学の枠組みを活用した成人発達と成人学習の研究に従事。当社のリーダーシップ開発プログラム「Lead My Challenge」、「Lead My Transition」監修

ー今回の調査結果では、新たな能力獲得の必要性や、見方や考え方を変える必要性を認識する人が約半数である傾向がありました。このように自らが必要性を認識していることは、成長にどのような影響を与えるのでしょうか?

加藤:私たちが成長するときの出発点は、さらなる成長の必要性に気づくことです。「成長はやむにやまれずに起こるもの」と言われることがよくあり、確かに成長とはこちらから向かうだけではなく、「あちらからやって来るもの」という側面があります。ですが、やむにやまれずに起こるような成長であっても、重要なことは、今その瞬間のその人にとって、成長が必要か否かという点にあります。つまり成長は、そもそもその人が成長を必要としているのか否かによって起こるかどうかが決まってくると言えます。そしてさらに重要なことは、その人に成長が求められていたとしても、成長への自覚がなければ、すなわち、成長の必要性を認識していなければ、成長が起こりにくくなってしまうということです。成長を実現させるための必要条件は他にも数多くありますが、成長の必要性を自覚するというのはその中でも大切なものになります。今回の調査結果が明らかにしているように、ミドル世代の半数以上の方は成長の必要性を実感しているという点は、さらなる成長に向けた必要条件の一つを満たしているといえるでしょう。

ーなるほど、まずは「必要性を自覚している」ことが成長に向けて重要な意味を持つのですね。この調査結果ではさらに、見方や考え方を変える必要性を感じているだけではなく、実際にも見方や考え方をとらえなおす機会づくりを意識して実践している人も多いことがわかりました。ただし、意識はしていたとしても、実際には見方や考え方を変えることはとても難しいことだと感じます。どのようなことが見方や考え方を変えることを促進してくれるのでしょうか?

加藤:まず、見方や考え方を変える必要性を自覚することを超えて、実際にそれらを変えていく実践に取り組むことは、さらなる成長を実現させる上で非常に重要になります。成長の必要性に気づくことは出発点に過ぎず、そこから具体的な実践を通して私たちは成長を実現させていきます。その際に、実践というものを二つの軸、すなわち「自力の実践」と「他力の実践」に分けて考え、それらの二つの軸の実践を行き来することが効果的です。どちらの軸にも多種多様な実践がありますが、見方や考え方を変えていく自力の実践の主なものとして、リフレクションジャーナルの執筆(内省日記)を挙げることができます。そもそも、見方や考え方を変えていくためには、現在自分がどのような見方や考え方を持っているのかを把握しておく必要があります。それを可能にするのが、リフレクションジャーナルの執筆だと思っていただければと思います。一方、他力の実践の代表的なものは、他者との「対話」を挙げることができます。他者と雑談をするような「会話」にも様々な意義がありますが、自分の考え方や見方を変えるという意味ではそれは物足りない実践であり、価値観の異なる他者とお互いの見方や考え方を共有し合い、時にぶつけ合うような対話を行うことによって、徐々に新たな見方や考え方が育まれていきます。

ー自力・他力の両方によって、気づきの循環が生まれてくるのですね。さて、今回の調査では、成長につながると感じている活動は「専門性の向上(資格や学位取得、特定領域の知見獲得)を目指す活動」が多く挙がりました。また、成長を感じる要素として最も多くの人が挙げたのは「色々な価値観や背景を持つ人との交流」でした。専門的な知見を学びながらも、その中では他者とのかかわりに意義を感じていることはとても興味深い点です。この二つは、学びにとってどのような意味があるのでしょうか?

加藤:一つ目の「専門性の向上」を目指す取り組みに従事することは、一生涯をかけて行うべきことであり、その取り組みに終わりはありません。ハーバード大学教育大学院のカート・フィッシャー教授やハワード・ガードナー教授をはじめとして、私たちが発揮する能力は多岐にわたっており、その成長には終わりがないことを指摘しています。私たちは自らの専門性を深める過程の中で、新たな自己を見出すことが起こります。そうした現象が起こった時、私たちの見方や考え方は新たなものとなり、これまでの専門性を深めるのみならず、他の専門領域に対して関心を持つ眼が開かれ、さらに包括的な成長が実現されていきます。

二つ目の「色々な価値観や背景を持つ人との交流」もまた、私たちの成長にとって大切な意味を持っています。上述の通り、私たちがより包括的な成長を遂げていく際には、自己及び世界を認識する新たな眼を獲得していく必要があります。その際に、自分とは異なる眼を持って日々の仕事や生活に取り組んでいる人と交流することは、自分が持っていない世界観を認識することにつながります。異なる世界観及び異なる専門性を持つ人たちとの交流を行う結果として、自分の世界観が徐々に広がっていき、より包括的な成長が実現されていくと言えるでしょう。

ー専門性を深める過程も、他者とのかかわりも、今回の調査で上位に挙がったどちらの要素も、新たな自己を獲得することにつながっていくことがわかりました。ただし、今回の調査結果で気になったことが一つあります。学びには、色々なタイプの学びがあると思いますが、今回の調査結果では、アイデアを創り出したり他者に貢献したりする「実践を通した学び」を活発に行っているようにはみえません。この結果からは、企業人の学びが知識取得の活動に偏っている、もしくは実践していても学びととらえていない、ということは考えられませんか?

加藤:この調査結果は大変興味深く、ご指摘の二つはともにあり得る解釈だと思われます。私たちが受けてきた教育は、自ら情報を発信したり、自らを表現しながら何かを創っていくことに重点が置かれていないというのが実態であり、そうしたことを踏まえると、企業人の学びがどうしてもインプットに偏ってしまうというのは納得がいきます。おそらく、彼らのマインドセットにおいては、学びというものが専門的な知識やスキルの獲得だという認識や、他者と交流することによって新しい知見を得ることだというインプット重視の認識に留まっているのではないかと思われます。また、後者の「実践していても学びととらえていない」というのも大切な論点です。私たちが人格的な成長を遂げていく上でも、能力的な成長を遂げていく上でも、「自覚的(意識的)な実践」を行っていくことがカギを握ります。卑近な例で言えば、私たちは自分がどの部位の筋肉を鍛えているのかを意識して筋力トレーニングを行わなければ、トレーニングの効果は極めて薄いことがわかっています。それと同様のことが、他の領域にも当てはまります。前項の問いと関連付ければ、私たちはどのような領域において成長が求められているのか、その成長を実現させるための具体的な実践は何かを明確にした上で、その実践に意識的に取り組むことが継続的な成長には不可欠です。

ー「学び」という言葉に対するイメージも、偏った見方や考え方を広げていく必要性がありそうです。ここで改めて、実践と学びのつながりについて教えていただけませんか?

加藤:まずは、学びというものがインプットを行うこと、すなわち知識やスキルを増やす活動だけととらえてしまうのは、学びというものを狭くとらえてしまっていると言えます。さらに言えば、そうした発想で行う学びは、自己を深めていく真の学びとは程遠いものです。教育哲学者のジョン・デューイの思想の根幹には、「経験学習」というものがあります。これは、私たちの学びとは、ある特定の状況の中で個別具体的な実践に取り組むことによって実現されるものであり、実際にアウトプットするという経験こそが学びの真髄にあるとデューイは指摘しています。これは何も思想的な次元で留まるものではなく、上述のカート・フィッシャー教授は、まさに実証研究によって、ある特定のコンテクストの中でアウトプットをするという個別具体的な実践を積むことが、いかに成長につながるかということを明らかにしています。ここでも卑近な例を出すと、自動車を運転したい人が延々と車の構造についてインプットをしていても無駄であり、実際にハンドルを握って運転するという実践が何よりも大切になります。また、他者とより深いコミュケーションを実現させたいと思う方が「傾聴」に関する書籍をいくら読んでも、傾聴の技術が高まらず、一向に深いコミュケーションが実現されないというのはよくあることです。減点方式の教育で育ってしまった多くの人たちに求められるのは、実践に失敗はつきものだという認識を持ち——厳密には学びには失敗などないのですが——、インプットよりもアウトプットを優先させるという発想を持ち、絶え間ないアウトプットを習慣化させることでしょう。

ーはい、アウトプットを習慣化するために、まず実践できることとして、先ほど加藤先生のお話の中で挙がったリフレクションジャーナル(内省日記)に取り組んでみたいと思います。ただ、書くとはいっても何から書いたらいいのか迷いますし、日常の中ではそれほど書くことがみつかりません。リフレクションジャーナルを有効に実践するためには、どのようなコツがあるでしょうか?

加藤:書くことには思考の整理のみならず、精神療法や発達心理学の領域における調査からも、自己を治癒し、変容を促す効果があるということが明らかになっています。ですが、書くといっても確かに何をどこから書いたらいいのかを迷ってしまう人が多いのが実情でしょう。ここで重要なことは、まず書く対象は何であってもよく、仮に職務上の能力を高めたいのであれば、その能力に関する実践を通して得られた気づきや発見を書くことから始めてみるのが良いでしょう。この時にも、くれぐれも学術論文を書くというような意識ではなく、自分の好奇心、興味・関心に純粋に従う形で、その日に実践したことから得られた学びを肩肘張らずに言葉の形にしていくことが大切です。前項の問いに対しても述べたように、私たちはどうも最初から完璧なものを求めがちですが、そもそも私たちの成長というのは、ある意味一生完成しないものなのですから、書くという実践に関しても完璧さを求めない姿勢を保つことが大切だと思います。また、実際に文章を書く際のコツとしては、自分の関心領域や面白いと思ったテーマについて書くことを出発点にし、最初のうちは二、三行の短い文章を書いてみることをお勧めします。ここでも最初から長く立派な文章を書こうとするのではなく、短くてもいいので、その日に得られた自分なりの新たな気づきと学びを記録し、それをご自身の成長記録として蓄積していくことを楽しむように書くことを通じたふり返りを行っていただければと思います。

ー今回の調査結果では、「書くことを通したふり返り」、あるいは「社内の人との対話を通したふり返り」をしているグループは、変化や曖昧さへの対応力、例えば環境が変化してもいきいき働き続ける時間を持っていたり、不確実な状況を受け入れて最善を尽くしたりできる傾向がありました。ふり返りを行うことと、変化や曖昧さへの対応力には関係があるのでしょうか?

加藤:この調査結果も大変興味深く、ふり返りを行うことと、変化や曖昧さへの対応力の間には確かに関係がありそうです。そもそも、変化というのは何かしらの現象の前後を比較してはじめて認識されるものです。普段からふり返りを習慣にしている人は、変化のもとになっている無数の現象に対して日頃から意識が向かっており、ふり返りをしていない人よりも変化の準備が整っていると言えるかもしれません。それゆえに、日頃からふり返りを行っている人の方が、実際に変化が起こった時に高い対応力を示すことができるというのはうなづけます。また、私たちが生きている世界は、そもそも曖昧なもので満ち溢れています。発達心理学の世界では、「成長は未知との遭遇である」とよく言われており、自己を含め、他者及び取り巻く環境というのは、私たちの理解を絶えず超えています。普段から、自分や他者、さらには取り巻く環境に対してふり返りをすることによって、曖昧さを客観的に見つめる能力が涵養されていき、日頃からふり返りを行う人が曖昧さへの対応力が高いというのもまた納得がいきます。上述の幾つかの調査結果をまとめると、書くことによるふり返りや、異なる価値観を持つ他者との交流を通じたふり返りによって、変化や曖昧さへの対応力が高まり、継続的なさらなる成長が実現されていくと言えるでしょう。

おわりに

今回の調査結果では、35-54歳のミドル世代が「見方や考え方を変える」「新たな能力を獲得する」必要性を強く認識しており、およそ6割の人が社外・業務外での学びに取り組んでいることがわかりました。とくに、資格や学位取得、特定領域の知見を獲得するなど、専門領域を深める学びに熱心に取り組んでいます。専門領域を深める学びはもちろん成長にとって非常に重要なものですが、一方で、学び=知識やスキルを増やす活動であると捉えてしまい、実践を伴わない知識偏重の学びになる可能性も否めません。私たちは、これからもっと「さまざまな形態の学び」に目を向けていく必要があるのではないでしょうか?また、「見方や考え方の発達」には、「自力の実践(ふり返り)」と「他力の実践(価値観の異なる他者との対話)」の2軸の実践を行き来することが効果的です。自分の見方や考え方を固定化させることなくアップデートさせ続けるために、偶然に任せることなく意図的に機会をつくることが今さらに求められています。

執筆者紹介

高城 明子

ラーニング事業本部 人材・組織力強化ソリューション部

高城 明子

Akiko Takagi

富士ゼロックスに入社後、法人営業、商品マーケティング、人材開発に従事。2007年から富士ゼロックス総合教育研究所(現パーソル総合研究所)にて、リーダーシップ開発および組織開発分野で、個と組織の自律的な成長・変革を促進するためのプログラム企画と実行支援を行っている。知性発達科学および成人発達理論の活用、チームの関係性開発、エスノグラフィーの活用に強みがある。CRRグローバル認定 組織と関係性のためのシステムコーチ(Organization & Relationship Systems Certified Coach)

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