働くこと、キャリアを発達させること、そして生涯発達すること
(キャリア自律セミナー2023 第6回)

公開日 2024/03/26

【イベントレポート】働くこと、キャリアを発達させること、そして生涯発達すること(キャリア自律セミナー2023第6回)

働く個人を取り巻く環境は、めまぐるしく変化している。働くことについての価値観が多様化し、キャリア発達に対する何らかの支援の必要性が盛んに論じられている現代、仕事への取り組みがどのようにキャリア発達と関わっていくのか、根本的な問いに立ち返って考えてみることも大切だ。キャリア自律セミナーの最終回となる2024年2月8日の第6回セミナーでは、筑波大学の岡田 昌毅教授による解説を交えながら、「働くこと」そのものや「キャリア発達」に関する様々な理論が紹介された。

  1. 働くとは?なぜ働く?―― 根本的な問いから、働くことの価値を認識し、伝達し、実現する「3つの創造力」へ
  2. ライフ(生涯)を俯瞰し、トランジション(転換期)に向き合う。「キャリア発達」の2つの理論
  3. キャリア理論を知り、活用することの意義

働くとは?なぜ働く?―― 根本的な問いから、働くことの価値を認識し、伝達し、実現する「3つの創造力」へ

「働く」ということをどのように捉えるかは、その人の価値観によっても変わってくる。しかし、研究者たちによる一定の普遍性のある理論を知っておくことは、組織や従業員の現状や課題を俯瞰し、従業員のキャリア自律をどのように促していくか、どのような施策を講じるべきかを考えていくうえで重要だ。講演の前半は、様々な研究者による言説の紹介を通して、「働くとは何か?」「人はなぜ働くのか?」といった、働くことそのものを問うことから始まった。

一つ目の問い、「働くとは何か?」について、岡田教授が紹介した研究者たちによる様々な言説に触れてあらためて感じるのは、一人ひとりの従業員が自分自身にとって「働くということ」をどのように意味づけるか、考え続けることの大切さだ。キャリア自律への第一歩は、自分にとって働くことの意味を見つめ直すところから始まる。そして従業員のキャリア自律を促進するためには、そのような見つめ直しの中で、これまでどのくらい「見えない報酬」を得ることができたか、またこれから先どのような報酬を得たいかについて、内省し気づきを得る場が用意されていることが重要ではないだろうか。

二つ目の問い「なぜ人は働くのか?」――人が働き続けるには、そこに何らかの価値、もしくは働きがいを見出す必要があるだろう。「仕事の価値」という観点において、従業員のキャリア自律を担う側として特に注目したいのが、「3つの価値創造力(飯田、2000、図1)」だ。すべての仕事・人物がもつ価値を正しく見抜く力(価値認識力)、価値を人々に正しく伝え、自覚させる力(価値伝達力)、自覚した価値が仕事や人間関係において効果を十分に発揮できるよう阻害要因を取り除いたり支援したりする力(価値実現力)。――いずれの要素も、従業員に対し自社の仕事やキャリアについて魅力ある言葉で伝え、キャリア自律に必要な環境を整備し、従業員を支援していく役割を持つ者として、ぜひ踏まえておきたい理論ではないだろうか。

図1.3つの価値想像力

3つの価値想像力

ライフ(生涯)を俯瞰し、トランジション(転換期)に向き合う。「キャリア発達」の2つの理論

では、働くことを通して人はどのように発達していくのか。講演の後半は、「キャリア発達」に関連した理論の解説がなされた。

人の生涯において、多くの人が成人してからの人生の時間の大部分を仕事に投入する。だからこそ、変化の節目や転機となる時期を知り、自分なりのキャリアデザインを考えていくことは大事だ。その際有効となるのが、時間軸と役割からライフ・キャリア全体を見渡せる「ライフ・キャリア・レインボー」(Super、1986)、そしてアイデンティティの確立・再確立が起こる時期を示した「アイデンティティのらせん式発達モデル」(岡本、1994)という2つの理論だ。

環境変化が激しい今の時代、キャリアのトランジション、つまり転換期となる時期や出来事にどのように対峙していくかによって、その後のキャリア形成が左右される。「ライフ・キャリア・レインボー」で人生全体を俯瞰し、そして「アイデンティティらせん式発達モデル」によって、たとえば「中年前期と定年退職期にアイデンティティの危機が起こりやすい」といったことを認識しておくことで、トランジションへの向き合い方も変わってくるだろう。

キャリアというものを仕事経験だけで捉えるのではなく、家庭や地域での経験も含めたライフ・キャリアとして捉えること。そして特にミドル・シニア社員の心身の変化、あるいはキャリア観や自身の存在意義におけるゆらぎを、アイデンティティの再確立の過程として大局的に捉えること。こうした考えは、従業員本人だけでなく、従業員に対しキャリア・カウンセリングを行う企業側、キャリア面談を担う管理職にとっても有効であり、多様なバックグラウンドと価値観を持つ個々の従業員のキャリア観や悩み、そしてその背景を幅広い視点から深く理解することに役立つのではないだろうか。

キャリア理論を知り、活用することの意義

ここからは質疑応答で寄せられた質問からいくつかを紹介していこう。

【Q1】企業内で従業員のキャリア支援を担う者として、キャリアやキャリア発達に関するさまざまな研究・理論を知っておくことの意味、大切さをどのように捉えればよいか?

「理論やアプローチの中には、机上の空論や実感と合わないと感じるものもあるかもしれないが、一つひとつを少し深く学んでみると、現場で活かされるものがたくさんある。たとえば『ライフ・キャリア・レインボー』にしても、図を見ただけでは『それはそうだろう』で終わってしまうが、実際にこの理論を参考にして、自分自身の過去を振り返りながら、将来を意識してライフ・キャリアを書いてみることで、さまざまな気づきが出てくる。自分がそうなら、多くの人もおそらく同じであろうから、キャリア自律を意識してもらう、組織が重視していることを伝える際に、図を活用して解説することで、メッセージも伝わりやすくなる。現場で活かせそうなものを見つけるためにも、理論やアプローチを一定程度知っておく必要があり、理論が現場で取り組んでいることとつながっていると理解できれば、役に立つと思う」

【Q2】さまざまな理論があるが、何をどのような場面で使えばよいのか?

「まずはたくさんある理論やアプローチを包括的に把握すること、一つひとつを理解することを行ったうえで、実際のケースと結び付けて考えていくとよい。実際に起こっていることを、理論やアプローチの視点から見て理解し、対処を考えていく。それを繰り返すことが訓練にもなり、人材育成の施策を考えたり、面談や相談を行ったりする中で、だんだんと自然に『この場面ではこの理論を使おう』『この施策だったらあの理論がいいだろう』と現場で使えるようになっていくのではないか」

【Q3】「被雇用者として働く」と「個人事業主として働く」、働くことの捉え方に違いはあるか?また、副業をすることで、働くことの捉え方にどのような影響があるか?

「組織の中で働くことと、個人事業主として働くことは、根本的には同じだと思う。ただ、何に重きをおいているか、何に価値を見出しているかは、何を求めるかによって変わってくる。自分の時間を大切にしながら自分なりの働き方を追求したいと思って個人事業主をやっているなら、『自立』に価値を見出しているだろうし、『マネジメント』が自分の価値と思ったら、組織の中で大きな仕事をしたいと考える。どう働くかは自分で決められることなので、どの価値を追求していくのかの違いではないか。

副業に関しても、たとえば『本業で発揮できない力を発揮したい』『人のためになることを副業でやってみたい』『プラスアルファの収入を得たい』など、どんな目的でその副業をやりたいのかで働く意味合いは変わってくるのではないかと思う」

登壇者紹介

筑波大学 岡田 昌毅氏

筑波大学 人間系 教授
働く人への心理支援開発研究センター長

岡田 昌毅氏

Masaki Okada

新日本製鐵株式会社(現、日本製鉄株式会社)、新日鉄ソリューションズ株式会社(現、日鉄ソリューションズ株式会社)において、電気設備技術者、人材育成担当を20数年間経験。2000年筑波大学大学院教育研究科カウンセリング専攻カウンセリングコース、2007年名古屋大学大学院教育発達科学研究科心理発達科学専攻修了。博士(心埋学)。専門は「キャリア心埋学」「産業・組織心理学」「キャリア・カウンセリング」。主な著書に「働くひとの心理学-働くこと、キャリアを発達させること、そして生涯発達すること-」、「働くひとの生涯発達心理学-M-GTAによるキャリア研究- Vol.1~3」などがある。

株式会社パーソル総合研究所 小室 銘子

株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 部長
小室 銘子

Meiko Komuro

大学卒業後、証券会社の営業、商社での企画職を経て、人材派遣会社にて広告宣伝、人材派遣の営業、コーディネーター、スタッフ教育、企業研修等すべての分野を経験。多くの女性部下をマネジメントしてきた経験を活かして、大手企業のダイバーシティ推進、女性活躍推進支援など、「職場で活躍する」社員育成のプログラム開発・セミナー企画・運営を得意とする。社会人大学院に通い、アカデミック領域と実務を繋げる研究に従事。2009年4月より現職。2020年4月から企業向けキャリア開発支援を担当。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。

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