ハラスメントの「回避」が部下の成長を妨げる

ハラスメントコラムイメージ画像

2019年、労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の改正があり、ハラスメント防止の機運は高まり続けている。企業ではハラスメント研修やコンプライアンス研修が数多く実施されるようになり、ハラスメントに厳しい時代への変化はそこかしこで感じられる。

その一方で、ハラスメントへの厳格化により「副作用」も発生している。それが上司による回避型のマネジメントの蔓延だ。部下のことを「叱れない」、「誘えない」、「コミュニケーションが十分とれない」という上司が大量に発生し、そうした上司の元で、部下の成長が阻害されてしまっている。本コラムは、この難題について、データを基に考えてみたい。

  1. 高まり続けるハラスメント防止の機運
  2. 現場上司に蔓延する、ハラスメントを「回避」するマネジメント
  3. 部下が感じる心理的距離感
  4. ハラスメント回避と部下成長を両立させるには
  5. 「育成志向のハラスメント対策」の必要性
  6. まとめ

高まり続けるハラスメント防止の機運

ハラスメントについての世論は、厳格化が進んでいる。2020年6月1日より施行された改正労働施策総合推進法は、職場のパワハラを防止する義務規定が含まれ、通称「ハラスメント防止法」と呼ばれている。2022年からは中小企業含めて、ハラスメント防止の施策は、全企業の義務となった。

こうした中で、ハラスメントの加害者になりがちな現場の上司、中間管理職らは、セクハラやパワハラなどについて学ぶ研修や、ハラスメント含むコンプライアンス順守のための研修を受講することになる。「時代が変わった」「自分たちの若いころに当てはめれば全部ハラスメントになる」などと時代の変化を感じながら、粛々とハラスメント研修を受けている様子が全国で見られる。

パーソル総合研究所の調査(職場のハラスメントについての定量調査) では、全就業者の34.6%が職場で過去にハラスメントを受けた経験があり、ハラスメントを理由とした年間離職者数を簡易推計した結果、86万人を超える数値となった。こうした数値を見れば、こうしたハラスメント防止への施策はやはり必要だ。

特に、宿泊業や飲食業、医療・福祉業といった人手不足が叫ばれることの多い業種で、それぞれ17.9万人、14.4万人という大量の離職がハラスメントによって生まれている。「ようやく採用できた新人がハラスメントで辞めていく」という非生産的な状況を放置し続けるわけにはいかない。

アカデミック・ハラスメントという言葉が広がり、大学の研究室のドアは開けておくのが常識になったように、民間企業においても、上司が部下を延々と「詰める」といったシーンもかつてよりは見られなくなった。タバコの煙にまみれながら怒号の飛び交うオフィスで仕事をしていた時代から比べれば、隔世の感があるだろう。

現場上司に蔓延する、ハラスメントを「回避」するマネジメント

その一方で、こうした「ハラスメント防止」や「ハラスメントへの厳しさ」が高まっていく機運には、組織マネジメントとして看過できない「副作用」を生んでいる。それは、上司が部下に対して「ハラスメントにならないこと」を考えすぎた結果、ハラスメント回避的なマネジメントが現場に蔓延してしまっていることだ。

同調査データを見てみると、上司の行動として、「飲み会やランチに誘わないようにしている」が75.3%、「ミスをしても あまり厳しく叱咤しない」が81.7%という高さとなった(「誘わないようにしている」⇔「積極的に誘っている」のどちらに近いかを6段階SD法で聴取。その他も同様)。回避的なマネジメントをしている傾向が極めて高いことを示す結果だ。上司本人の課題意識としても、「部下にフィードバックするのが難しい」、「自分のマネジメントがハラスメントになるのではないかと気を使う」が4割を超えている。

図1:上司の回避的なマネジメントの実態

図1:上司の回避的なマネジメントの実態

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


そして、やはり上司自身のハラスメントへの厳格度が上がるほど、回避的な行動をとる傾向にある。つまりハラスメントについて会社が防止策を講じれば講じるほど、現場上司はこうした防衛的な意識に傾いてしまうということだ。

図2:上司のハラスメント厳格度と回避型マネジメント

図2:上司のハラスメント厳格度と回避型マネジメント

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」

部下が感じる心理的距離感

このことは、上司の「マネジメントしにくさ」にとどまっていれば、さほど問題はない。しかし、この副作用が深刻な問題になるのは、回避的なマネジメント行動が、部下の成長を阻害する点だ。上司からの適切な助言や指摘、そしてコミュニケーションそのものが少なければ、部下は上司の下で適切に成長できなくても何の不思議もない。

実際のデータで確認してみても、やはり上司との心理的距離感を感じている部下ほど、成長実感を感じられていない。業種・職種・性別などの基本的属性を統制した重回帰分析でも、こうしたマネジメントの距離感は、部下の成長実感とマイナスの関係が確認された。

図3:部下が感じる上司との距離感と部下の成長実感の関係

図3:部下が感じる上司との距離感と部下の成長実感の関係

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


すでに部下側も、「上司からのフィードバックが少ない」が35.8%、「上司は自分を育てる気がないと感じる」が33.3%であり、ある種の「物足りなさ」も広がりつつある。さらに、都市部の企業では、こうした心理的な距離感とともに、テレワークによってさらに物理的な距離も離れてしまっている場合も多い。

ここにハラスメント問題が、人材育成を阻害するという副作用が如実に現れてしまっている。実際の現場でもこうした光景はしばしば見られるものだ。さて、この難しいハラスメント防止の副作用について、企業はどのように考え、どんな手を打っていけばいいのだろうか。

図4:部下が感じる上司との距離感

図4:部下が感じる上司との距離感

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」

ハラスメント回避と部下成長を両立させるには

企業に必要なのは、ハラスメント防止の機運を「弱める」ということではない。少子高齢化で労働力不足の日本において、多様な人材の活躍のためにも、メンタルヘルスや人権侵害の防止のためにも、ハラスメントを「許す」方向には戻すべきではないと筆者は考える。

結局のところ上司ができる唯一の道は、「ハラスメントを回避しながら部下を成長させる」というその本質的な一点にこそある。では、実際にそうしたことができている上司の特徴はなんだろうか。定量的なデータからヒントを探ってみよう。

図5:部下の成長有無とマネジメントの違い

図5:部下の成長有無とマネジメントの違い

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


ハラスメントを回避しながら部下を成長させている上司の特徴を見た。そうした上司は、そうでない上司と比べて、「傾聴行動」、「部下観察」、「フィードバック」、「マネジメントの公平性」といったマネジメント行動で差がついていることがグラフから分かる。

これらの行動の中でも、属性の影響をコントロールしても統計的に有意な差がついたのは、部下の意見や話についての「傾聴行動」をとっているかどうかだ。相手の話を最後まで丁寧に聞き、部下の思いや意見をいったん受け入れようとするという対話の姿勢が、ハラスメントを防ぎ、かつ部下の成長を促進させていた。

逆に言えば、「話を聞こうともしないで、回避的なマネジメントだけを行う」ようなマネジメントでは、ハラスメントは防げても、部下の成長を阻害してしまうということだ。

しかし、この「傾聴」については、上司と部下の認識ギャップが大きい行動でもある。データを確認しても、上司は部下の約1.5倍、自分は「傾聴しようとしている」と過剰に認識している。人は、人の話を「聞いているつもり」になりやすいということだ。やはりトレーニングが必要な領域であろう。

また、我々のさらなる分析からは、回避的なマネジメントは、ますます部下との心理的距離が開いてしまい、部下側の上司との親密度への許容度も下がるという興味深い結果も分かっている。「普段何も言ってこないくせに、いきなりフィードバックしてくる上司」や「まったく仲良くないのに、ある日突然部下をあだ名で呼んでくる上司」の姿は、部下も戸惑うだけだろう。親しみやすさについて拒絶反応を示すようになってしまったら、上司としてそれ以上踏み込んだマネジメントが難しくなってしまう。

図6:傾聴行動における部下と上司の認識ギャップ

図6:傾聴行動における部下と上司の認識ギャップ

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」

「育成志向」のハラスメント対策の必要性

コンプライアンス重視の動向の中で、企業はディフェンシブな施策ばかりを打つ傾向にある。冒頭述べた法制化もあり、ハラスメント対策は各社で行われているが、それらは防止を目的とした研修や相談窓口の設置などに偏っている現状だ。法律の専門家やハラスメントの専門家の講義においても、主に伝えられるのは、やはり主目的である「予防」と「対策」だ。部下とのコミュニケーションの方法まで含んだ研修は、ハラスメント研修のおよそ3割程度に過ぎない。

どんな職場も「ハラスメントを防ぐために」存在しているわけではない。人を育て、チームとしての成果を出し続けることが目的だ。その意味で、企業の「防衛的」なハラスメント対策への偏りが、現場に回避型マネジメントを蔓延させているという現実を見れば、その副作用への対処は「必須」といってもいい。

つまり、ハラスメントの「防止」をするならば、その裏側では、「それでも部下を育てられる上司を育てる」という「育成志向」のハラスメント対策が用意されるべきだということだ。

上司側へのトレーニングとしては、ハラスメント意識を高めていくと同時に、そのことによって部下のコミュニケーションで回避的になりやすいという事実を理解させ、傾聴型のマネジメントこそが必要とされていることを伝え、ロールプレイなども通じて実際の上司部下の対話や1on1の質を高めたりすることだ。

場合によっては、コンプライアンス研修などで部下側にもこうした事実を伝えてもよいだろう。上司部下ともに理解が進めば、問題の解決は上司だけの負担ではなくなり、部下側が感じているかもしれない「物足りなさ」について、両面でケアすることもできる。

まとめ

ハラスメント予防と対処は必要だが、防衛的な施策だけでは不足だ。ハラスメントを見る目が厳しくなるとともに、現場ではハラスメントを回避する上司マネジメントが常態化している。そうした行動が上司と部下間の心理的距離感を生み、部下の成長を妨げてしまっている。

 ハラスメント防止と部下の成長を両立させている一部のマネジャーは、回避的なマネジメントではなく、メンバーの話を丁寧に聞き切るような「傾聴行動」を多く行っている。

職場での対話的コミュニケーションを促進するようなマネジメントの訓練や、その余地を生み出せるような就業環境整備などによる「育成志向のハラスメント対策」が今まさに検討されるべきである。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題 日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)など多数。


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