蔓延する女性活躍への「懐疑」と「抵抗」

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女性活躍施策は、社内の「懐疑心」がハードルになることも多い。企業が女性活躍施策を実施するとき、多くは従業員から冷ややかな目線を投げかけられている。「逆差別だ」といった社内の抵抗感も根強いし、これまでの実施してきた施策の蓄積から、歓迎されない停滞ムードの企業も目に付く。女性活躍の研究は数多いが、この社内に蔓延する「懐疑心」と「抵抗感」の詳細については、ほとんど調査されていない領域だ。その実態と背景を理解するために、調査データを基に議論していこう。

  1. 女性活躍の「失敗」の歴史
  2. 社内に渦巻く女性活躍への懐疑心
  3. 女性活躍への抵抗の「定型文」
  4. 女性活躍の「リ・パッケージング」へ
  5. まとめ

女性活躍の「失敗」の歴史

日本の政策と企業が進めてきた女性活躍推進の運動は、M字カーブの解消に代表されるように、労働力としての女性の就業継続という点で一定の成功を収めてきた。しかしその裏には常に「失敗」の影も張り付いてきた。

1985年の男女雇用機会均等法制定から1990年代までの失敗は、いわば「差別撤廃の失敗」。このころ、「女性活用」というスローガンの下進められた政策の結果起こったのは、明らかに女性向けの「一般職コース」による採用差別の温存と、女性非正規雇用の急増であった。これらの抜け道を防げず、むしろ男女の雇用格差を固定化させたとして、今でも批判の声が根強い。

その後、2000年代以降の失敗は、いわば「意欲向上の失敗」だ。2003年には男女共同参画推進本部が「2020年までに指導的地位の女性30%」という数値目標を掲げ、次世代育成支援に関する認定制度「くるみん」の導入などが進められていった。各企業でも「両立支援」「ワーク・ライフ・バランスの確保」が推進され、女性の職場定着が進められた。こうした中、女性の就業継続は大きく向上したことは、周知のとおりだ。

しかし、近年は「L字カーブ」と呼ばれるように、出産後の女性は正規雇用から離れた非正規雇用の割合を増しており、労働市場における周縁的な位置にとどまり続けている。また、正規雇用社員においても、女性管理職が増えたところで、女性の管理職意欲は上がっていない。端的にいえば、この国で女性は「働き続ける」ことはできるようになったが、「活躍したい」という意欲を向上させることはできなかった。

現在も、SDGsや人的資本情報の開示といった潮流の中で、投資家や世論から企業のジェンダー平等を求める圧力はますます高まっているが、得られている成果は芳しくない。帝国データバンクによれば日本の女性管理職比率は2022年でも9.4%*1。政府が2020 年代早期に目指している女性管理職比率30%以上の企業は 1 割弱と、道のりは遠い。

*1株式会社帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査(2022 年)」

社内に渦巻く女性活躍への懐疑心

こうした数十年にわたる過去の「失敗」は、人々の記憶にも多かれ少なかれ蓄積している。企業においても過去から繰り返されてきた「女性活躍」関連の施策は、すでに多くの従業員にとって新鮮味の無い、効果を疑われるものになってしまっている。

そうした実態をデータで見てみよう。パーソル総合研究所が実施した「女性活躍推進に関する定量調査」においても、従業員は自社の施策について、「法律の改正に合わせて行っているだけ」「世間体を整えているだけ」「自社の施策は、実際には効果が薄い」という辛辣な意見が、女性で4割、男性でも3割を超えた。

一方で、「女性活躍は自社には必要ない」という意見は1割程度と低い。つまり多くの従業員は、自社の女性活躍について「必要だとは思うが、自社のやり方は表面的で、効果が無い」と感じているということだ。

図1:女性活躍施策への懐疑心

図1:女性活躍施策への懐疑心

出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」


このような状況では、女性活躍施策を進めようにも、思うように進んでいかない。分析の結果でも、自社の施策への懐疑心を抱いている女性ほど、管理職への意欲は低い。懐疑心が高い場合には、管理職になりたいと「全く思わない」女性が大きく増加することも分かっている。そうなってしまえば、意欲を向上させるのはかなり難しくなるだろう。

女性活躍への抵抗の「定型文」

女性活躍は、このような懐疑心はもちろんのこと、もっと辛辣な「批判」をも呼び寄せてきた。企業内で女性活躍を進めようとすると、必ずといっていいほど「反対意見」や「抵抗勢力」が出てくるものだ。そしてその中には、もはや「定型文」といっていいほど頻繁に耳にするものもある。例えば、以下のようなものだ。

 ・「女性にばかり優しい制度ばかりつくるのはおかしい」という、「逆差別」批判
 ・女性を無理やり管理職登用するのは「非実力主義」だという、「優先登用」批判
 ・「女性管理職比率の数字合わせだ」という、「非本質論」批判

これらは、ネットニュースのコメント欄から企業の経営会議まで、しばしばお目にかかる「定番」のコメントだ。同調査で経営・人事層に女性施策についての意見を聞いたところ、「登用や育成は実力によって行われるべきだ」「女性自身が望んでいないだから登用は難しい」といった似たような意見が上位にあがる。

図2:女性活躍の推進についての社内意見

図2:女性活躍の推進についての社内意見

出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」


これらの批判は、かねてからある「伝統芸」のような批判だが、内容的には、すべて誤りを含んでいる。人事やダイバーシティの担当はまず、社内での議論において、そうした内容的な誤りをきちんと指摘するべきだ。

まず、「逆差別」批判は、問題の構造的な側面を見落としている、視野狭窄に基づく誤解である。日本は、平等主義的な遅い昇進構造や上司マネジメントのジョブアサインの偏りによって、男性が「自然に」優先されている状況にある。その優先状態の結果が現在の男性中心の組織体制であり、それを放置している人事管理こそが「差別的」なのである。

未経験からの一括育成と、平等な昇進機会の確保という日本の珍しい雇用慣行は、「平等であるがゆえに不平等を生む」という構造的欠陥を持つ。この長くて広いトーナメント方式の選抜は、登用のための本格的な人選のタイミングが、出産育児という女性に負荷が偏るライフイベントの「後」になる。早期選抜という「シード権」を設定できない平等主義的な日本の人事は、この「ゆっくりとした自然選抜」の慣行を変えられず、組織高齢化によってさらにその時期は遅くなってしまっている。

この構造そのものは、男性を明確に「えこひいき」するものではなく、だからこそ、男性側には「下駄をはかされている」感覚を醸成しない。この「平等主義的な不平等」を是正することそのものが女性活躍の推進であり、それが逆差別に見えるのは、自然と履いている下駄を「自らの実力と勘違いさせる」、こうしたメカニズムへの理解不足だ。実際に、パーソル総合研究所のデータ分析の結果でも、出世のための努力(サンクコスト)意識が高い経営層ほど、ダイバーシティ推進に非積極的である傾向が見られた。

また、「優先登用」が非実力的だという批判も、実際にはまるで逆だ。相対的に優秀でない男性ばかりを意思決定者へと出世させ続けている現状こそが、あまりにも「非-実力主義」的であり、日本の労働生産性全体を押し下げている。

管理職登用された女性が何らかの「失敗」を犯したときばかり注目が集まるものだが、あらゆる企業で、男性管理職は当然ながら数多くの失敗を繰り返してきたはずだ。であるならば問われるべきは、「女性」のときだけ失敗に目がいき、それが「性別」に帰責されがちなのはなぜか、である。

3つめの「非本質批判」は、有識者からも時折こぼれる、近年よく聞くタイプの批判だ。これは、一言でいえば「ご都合主義的な本質論」である。もちろん、LGBTQや障害者、エスニシティ、宗教、出生地といった女性以外のマイノリティの権利や、そうした属性を含めたダイバーシティの確保は企業や社会にとって極めて大事だ。しかし、女性活躍の議論で都合よく持ち出されるこの「本質論」は、女性活躍から「撤退」するときによく使われる方便にすぎない。

人口としておよそ半数である女性は、社会的にはマイノリティではなく、労働市場においてのみマイノリティ扱いされているという特殊性を持つ。だからこそ国際的なレベルで女性差別は「共通課題」だ。マイノリティの具体的属性はそれぞれの社会によって異なるが、女性はそうではないからだ。

そして半数だからこそ、男女賃金差や女性管理職比率は、是正していくギャップの「数字目標」を明確に定めることができる。海外では、イベント登壇者などのエスニシティの構成比率においても、地域の構成比にあわせた運営が求められたりするが、日本においてはそのような数値目標には現実味が薄い。出生地や人種、LGBTQに対する数値目標なども設定が極めて難しいだろう。

そうした中で、「女性管理職比率3割」や「男女賃金格差ゼロ」といった目標は、唯一無二の明確さを持つ、強力かつ「実践的」な武器である。数値目標があるからこそ、「経年変化」が問題化しうるし、数値の「誤魔化し」も批判できるし、施策にターゲットとする「期限」を設定できるのだ。

今、企業の多くはこうした「あるある」の抵抗を説得する道ではなく、「女性活躍」の看板を「ダイバーシティ&インクルージョン(&イクイティ)」などへと付け替えている。しかし、これらの看板の付け替えによって女性活躍の優先順位が下がるようでは、そのスローガンは、「撤退戦を前向きに見せる」ための方便となる。

女性というマイノリティではない属性の地位向上は、いまだこの国のダイバーシティの「本質的課題」であり、ジェンダーギャップ指数などの世界的なポジションを見ても、相対的には後退が見られる領域だ。女性活躍推進こそが今もなお日本の中心課題であるということから目をそらしてはならない。

女性活躍の「リ・パッケージング」へ

女性活躍についての懐疑心と、抵抗感を見てきた。女性活躍施策は数あれど、その実行においてすべてに関わってくる重要な論点は、こうした懐疑心を払拭し、「未来展望」を明るくするためのインナーコミュニケーションだ。「何をやるか」という施策の内容検討だけでなく、それを「どう伝えていくか」という社内コミュニケーション戦略こそが求められている。

同調査データを分析した結果では、一貫性と独自性があり、わかりやすいメッセージが出されている場合、懐疑心が低いことも分かっている。いくら企業側が施策を打っていても、従業員にきちんと認知されていなければ意欲向上の効果は下がってしまう。つまり、施策の「小出し感」と「停滞感」を払拭する女性活躍推進施策の「リ・パッケージング」が必要だ。

今、女性活躍の優良企業として名が上がるような企業の多くも、かつては「停滞」する時期があった。懐疑心とは対照的に、「会社の人事がこれから良くなっていく」という未来の明るい展望を持つと、女性の意欲は上がりやすい。

女性活躍推進は、「イベント」や「ロールモデル発掘」や「早期選抜」といった施策を小出しにするのではなく、全体感を示す大きなトータル・パッケージングとして施策化されることが望ましいだろう。そうした中で従業員に全体のグランド・デザインを示す必要がある。

図3:女性活躍への懐疑心の影響

図3:女性活躍への懐疑心の影響

出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」


実際に、多くの人事の先進企業では、施策や全体の世界観の「ネーミング」にこだわる。先日、ホームセンター大手カインズの人事戦略「DIY HR ®*2」がアワードを受賞*3したが、商品と紐づいた分かりやすくオリジナリティのあるネーミングである。また、昨今増えている「〇〇〇版ジョブ型」といった言い方も、「わかりやすさ」と「刷新性」を生み出すという意味ではトータル・パッケージの具体例だ。

また、ここ10年ほどで目立ってきたのは、アウターコミュニケーション(外部広報)とインナーコミュニケーション(社内広報)の戦略的一体化だ。これは、人事施策や制度改定などの自社動向を、「外」に積極的に取り組みをアピールすることで、内部に認知を広げる戦略だ。メディアで目立つような多くの企業は、積極的に取材に答え、プレスリリースを出すことによって、「内部」に伝えていくという手法をとっている。外部に社内報を公開する「オープン社内報」によるコミュニケーションも、スタートアップ企業を中心に流行している。こうした、伝統的な人事機能を拡張していくような施策が、女性活躍にも付加されるべき時期だろう。

*2(参考)人事戦略「DIY HR®︎」を柱に推し進めるカインズのキャリア自律支援についてインタビューした記事はコチラ

*3日本の人事部「HRアワード2022」企業人事部門最優秀賞

まとめ

本コラムでは、女性活躍推進に「あるある」の社内における施策への「懐疑心」と「抵抗感」について、内容的な錯誤を指摘しつつ、調査データを紹介しながら乗り越える術を議論してきた。日本の女性活躍には、まだまだ「良くなる」という伸び代が多く残っている。これからの日本の女性活躍に求められるのは、蓄積された歴史の重みを「希望」に変えるための社内コミュニケーションの転換である。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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